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【要約】ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望

ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望
 

ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望

著者
トーマス・ラッポルト
訳者:赤坂桃子

要約
 

シリコンバレーを代表する起業家・投資家ピーター・ティール。世界最大規模の決済プラットフォーム・ペイパルの創業者にして、投資家としてもフェイスブックの初の外部投資家を皮切りに、リンクトイン、ヤマー、イェルプなどに出資、巨額のリターンを得た人物である。著書『ゼロ・トゥ・ワン』によって日本でもかなり知られるようになった。
本書はそんなティールの初の評伝であり、様々な角度からその思想の本質に迫った一冊だ。起業家・投資家としてのティールは「独占主義」をモットーとする。これは、他人と競争するのは愚の骨頂であり、企業は新しい市場を創造して独占、そして独占を強化し続けるべきだという考え方だ。またティールは、米国トランプ政権を支持し、現在もテクノロジー政策顧問を務めるなど「逆張り思考」にも強いこだわりがあるという。

その根底には「テクノロジー至上主義者」「自由至上主義者(リバタリアン)」としての、ある種過激な側面も見え隠れしている。経営やテクノロジーイノベーション的発想に興味関心がある方は必読の一冊であり、一読すれば、彼が描く未来の世界がはっきりと見えてくるだろう。著者は自身も連続起業家で、投資家、ジャーナリストとしても活躍するシリコンバレーの金融・テクノロジーに関する専門家。

要約

なぜ世界は「この男」に注目するのか?

シリコンバレーでは、ピーター・ティールは偉大なテクノロジーのパイオニアで、卓越した知性とビジョンを備えた人物とみなされている。彼は3つの世界的企業に決定的な影響を及ぼしている──まず世界最大のオンライン決済サービス、ペイパルの共同創業者として。次に、いまや世界最大のSNS企業フェイスブックを、創業から支える初の外部投資家として。そしてCIAやFBIを顧客にもつビッグデータ解析企業、パランティアの共同創業者として。

そして彼のペイパルからは、イーロン・マスクテスラ・モーターズ)、リード・ホフマン(リンクトイン)をはじめ、現在のシリコンバレーを代表する起業家が次々と生まれている。固い絆で結ばれた彼らは「ペイパル・マフィア」と呼ばれ、ティールはその首領としてその名をとどろかせている。

だがこれは、ティールのほんの一面にすぎない。シリコンバレーの頂点を極めながら、誰よりもシリコンバレーにイラ立ちつづけている。「僕には『これ』がイノベーションだとは思えません」、ジーンズのポケットからiPhoneをとり出して、ティールはそう吐き捨てる。

今日の世界はテクノロジーのおかげで繁栄しているように見えるが、彼によればそれはまやかしだ。いまや米国は、1960年代のアポロ月面着陸計画のような大きなビジョンを追うことも、イノベーションを推進することもやめてしまった。ティールによれば、現代世界の深刻な停滞を打ち破るのはイノベーションとテクノロジーであり、まだすべきことは山ほどある。

彼は偉大で画期的なイノベーションを支援することによって、人々を国家権力から解放し、あるいは「寿命」といった人間の身体的限界から人々を解放しようとすらしている。なぜ一介の起業家・投資家が、そんなSF的企てに本気でとりくむのだろう?それはテクノロジーと自由をめぐるティールの哲学とビジョン、そして独特の思考法を知ることで明らかになるはずだ。

成功のカギは「逆張り思考」

ティールの世界観と、ビジネスや投資判断の流儀に決定的な影響を与えたのは、スタンフォード大教授だった著名フランス人哲学者、ルネ・ジラールの思想の核にある模倣理論と競争だ。ジラールによれば、人間の行動は「模倣」に基づいている。人間には他人が欲しがるものを欲しがる傾向がある。したがって模倣は競争を生み、競争はさらなる模倣を生む。

フォーチュン誌のインタビューで、ティールはジラールについて熱弁をふるい、私たち人間は模倣から逃れることはできないと指摘している。ティールはジラールの知見から、すぐれた起業家・投資家の本質を学んだようだ。

「競争が激しいのは、相手の価値が高いからではありません。人間は何の意味もないものをめぐって必死に戦い、時間との闘いはさらに熾烈になるんです」「人は完全に模倣から逃れることはできません。でも細やかな神経があれば、それだけでその他大勢の人間を大きくリードできます」とティールは語っている。

2014年9月のフォーチュン誌はティールの「逆張り思考」をとりあげ、ティールはみずからを逆張り思考の知識人と評し、それによってこれまでの半生で大きな成功をおさめたと率直に語っている。

「他人とちがうことをするのは価値があります」。ティールが立ち上げたファウンダーズ・ファンドはこうした前提に立ち、ベンチャーキャピタルの約8割はカネを稼いでいないどころか失っていると同社のサイトで皮肉っている。つまりティールがいるスタートアップの世界では、コンセンサスが得られているアプローチは通用しないのだ。

逆張りとは、つねにふつうの人間がやることの正反対だと考えるのは短絡だ。条件反射で行動することは、群集本能に従うこととさして変わらない。では、成功する逆張りアプローチとはなんだろうか?ファウンダーズ・ファンドのマニフェストにこうある。「誰もがすることをするだけでは不十分です。人が息を飲むような新しく意欲的なことをする企業に投資するのは、刺激的なものです」。

ティールは大多数の投資家がもてはやすビッグデータクラウドコンピューティングといった派手なテーマには目もくれない。そうではなく、世界を持続的に変える潜在力があるテクノロジーを手がけるスタートアップと創業者を探す。

ティールは意図的にポートフォリオを集中させ、この業界で広く行われている「スプレー・アンド・プレー戦略」—―じょうろで水をまく(スプレー)ようにあちこちに投資し、あとは運を天にまかせて祈る(プレー)——はとらない。彼のベンチャーキャピタルポートフォリオに含まれるのはせいぜい10社だが、1社あたりに注ぎ込む額は大きい。このやり方でのみフェイスブックの例が実証したケタ外れの利回りが実現するのである。

ゼロから1を生むのが「進歩」である

多くの人にとって進歩は「グローバル化」と「テクノロジー」を意味する。だがティールはこの2つを区別する。グローバル化は彼にとっては「水平方向の進歩」で、単に「コピー・アンド・ペースト」でしかない。中国のような国は欧米をよく見て、既存のテクノロジーをコピーしてとりいれるが、これは、テクノロジー面で何ももたらしはしないのだ。

テクノロジーの本当の進歩は、0から1への飛躍だ。非常に困難なチャレンジだから、ふつうの人間は、単に既存テクノロジーを改善して1をnにすることに甘んじがちだ。ティールによれば、すぐれたテクノロジー企業は、3段階のプロセスで成立する──

①まず新しい市場を創造、あるいは発見する。

②次に、この市場を独占する。

③最後に、独占を強化する。

まず大切なのは、出発点となる市場の適正サイズを見つけ出すことだ。小さすぎても大きすぎても困る。小さすぎる市場では、顧客を獲得できない。成功する企業は市場のすき間を探し、マーケット・リーダーとしての地位を確立し、少しずつ影響圏を拡大するのだ。ある一定の大きさに達すると、ネットワーク効果スケールメリットが生じ、ブランドを構築できる。

この成功パターンの典型例が、アマゾンだ。ジェフ・ベゾスが創業したこのeコマース企業は、当初オンライン書店としてスタートした。ティールが感心するのは、書店としてはじめたアマゾンが、自社のプラットフォームで徐々に別の小売分野を開拓していったことだ。いまでは世界のすべての本をカタログに載せるという当初のビジョンだけでなく、世界中のすべての納入可能な商品を揃えるところまできている。

あるプラットフォームがマーケット・リーダーにのし上がると、大半のユーザーはそのプラットフォームに集中し、ネットワーク効果が生じる。みんながそのプラットフォームを使っているから、あなたもそれを使う。そのことがさらにあなたの友達を引き寄せる。こうして好循環が生じ、あとはひとりでに成長し続けるのだ。かくしてデジタル・プラットフォームのビジネスは「勝者ひとり勝ち」になり、競争相手は入り込む余地がないか、あってもごくわずかだ。

ティールのリバタリアン思想

ティールにとって、個人の自由は最高の善だ。彼は政治とそのルールを、自由と進歩を愛する人々の監視役と見なしている。2009年春に発表したエッセイ『リバタリアンを教育する』で、ティールはみずからの政治観と世界観を率直に綴っている。

ティールは楽観主義者を自認しているものの、2008年の金融危機の際は、リバタリアンの政治に明るい展望は開けないと考えた。不動産バブルがはじけ、リーマン・ブラザーズが倒産し、自動車メーカーGMや保険会社AIGのような巨大ブランド企業が一時的に国有化されたのは、国家の介入を嫌うリバタリアンにとっては受け入れがたい事態だった。

ティールは、「僕らの時代のリバタリアンの使命は、政治からのあらゆる形の逃げ道を見つけること」であり、この「逃亡」は政治を踏み越えるものでなければならないと言う。とは言え、21世紀のこの地上に未発見の領域など存在しない。そこで彼は新しいテクノロジー、「新しい自由空間」に目を向けた。もっとも重要なのは次の3つの領域だ。

・権力から自由なインターネット空間
・権力から自由な宇宙空間
・権力から自由な海洋自治都市(シーステディング:海の上に、国家の影響が及ばない永住可能居住空間をつくること)

彼によれば、政治は多くの領域に介入しすぎている。「政治は人々をいきり立たせ、人どうしの結びつきを破壊し、人々のビジョンを二極化します。『われわれの世界』と『あいつらの世界』、『善人』と『悪人』という対立です」、ティールは、だからリバタリアンはこれまで政治で成果を上げられなかったとし、「そうではなく、一般に非現実的と思われる平和的なプロジェクトに注力することを勧めたい」と同エッセイで書いている。

いまこの箇所を読む人間は、ティールが大きな方向転換をはかったように感じるだろう。彼は2016年春にトランプ支持を公言し、その後はトランプ政権の腹心、テクノロジー・アドバイザーになった。先のエッセイを発表した2009年当時の彼からすれば信じがたい転身だ。

だがティールはリバタリアンであるばかりでなく、逆張り思考の持ち主(コントラリアン)なのだ。ティールにとって、トランプのアドバイザーという役回りは、米国をもう一度「テクノロジーこそ美徳」という価値観に引き戻し、近代的でイノベーティブな国にするための機会だったのである。

 



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