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【要約】市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略

市場を変えろ
既存産業で奇跡を起こす経営戦略

市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略

著者
永井俊輔

 
 
要約
 

 「レガシーマーケット」というと、旧態依然とした衰退産業、といった負のイメージが思い浮かぶ方も多いはずだ。しかし見方を変えると、そこで生き残ってきたレガシー企業には既存顧客や金融機関とのリレーション、技術、長年の成功や失敗のノウハウなど様々なアセット(資産)がある。これらは実はイノベーションを起こすための強力な武器だ。
 本書では、上記アセットを活かし、成熟産業で中小企業がイノベーションを起こす手法「レガシーマーケット・イノベーション(LMI)」の実践ステップを豊富な事例とともに解説。この手法の本質は、テクノロジーによって既存事業の収益性を高め、同時に関連領域でイノベーションを起こす成熟企業ならではの「両利きの経営」にある。

 著者は投資ファンドを経て群馬県で父親が経営する看板屋に入社、レガシーマーケット・イノベーションによって4年で売上2倍の成長を実現。現在は中小企業の再生やエンジェル投資家としても活躍する。本書が提唱するイノベーションの考え方と手法は、成熟企業のみならずベンチャーや大企業側の人間にも役立つヒントが詰まっている。

要約

投資ファンドから看板屋へ突然の辞令

 2009年の夏、私は投資ファンドからクレストに転職した。クレストは私の父が興した会社で、看板の製作施工やショーウインドウディスプレイの設計施工(サイン&ディスプレイ事業)などを手がけている。後継ぎではあったが待遇の特別扱いはなく、営業の平社員として入社した。

 ここから私のレガシーマーケット・イノベーション(LMI)が始まった。レガシーマーケットとは市場の成長性と生産性が伸び悩んでいる既存産業のことで、「斜陽産業」といわれることも多い。そのマーケットに新しいアイデアやテクノロジーを導入し、収益性を高める。イノベーションに富んだ商品やビジネスモデルを作り出し、マーケットに刷新する。それがLMIだ。

 ただ、当時の私はそんなことはまったく思っていなかった。サイン&ディスプレイ事業の営業を始めてすぐに「サイン&ディスプレイ市場の成長性は高くない」と感じた。また、がむしゃらに営業を続けた私が感じたのは、サイン&ディスプレイ事業の仕事に限らず、中小企業には非効率な部分が多いということだった。

 B2Bでいえば、見積書や案件のデータが個人のエクセルや手書きで管理されている、顧客とのやりとりや営業履歴が共有化されていない、受注前の営業活動フェーズでは個人の裁量に任されすぎているといったことだ。

 改善するにはビジネスプロセスの論理化、構造化、可視化、そしてそれを実現させるためのデジタル化が必要だと考え、CRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションを取り入れた。最近は便利な ITシステムをタダ同然の料金で使えるし、レガシーマーケットはデジタル化が遅れているから、取り入れればすぐに効果が出る。

 その頃、カメラを搭載した自動販売機を見つけた。看板に何か機能を加えられないだろうかと思っていたら、カメラというヒントを得たのだ。詳しく調べてみたら、ウェブ広告の業界では、どれくらいの人が、どれくらいの時間広告を見たかがわかるという。いまでは誰もが知っていることだが、当時の私には衝撃的だった。

 看板業界では、どの看板がどれくらいの効果を生んだかがわからないし、そもそも効果を調べるという概念もない。そこで、リアル世界の広告の効果測定ができるカメラの開発に取り掛かり、最終的に効果測定できる「エサシー」というプロダクトを完成させた。

先人たちが作ってくれた業界のなかにある価値に気づく

 エサシーを作る過程で、重要な2つのことに気がついた。1つは新しいことを取り入れる重要性だ。入社当時の私は看板を売ることが仕事だと思っていたので、看板について勉強し、業界の構造や市場について勉強した。施工や取り付けに関わる資格も取得した。

 一方、業界の外で起きていることには疎くなった。カメラ技術の進化やグーグルアナリティクスを知らなかったのもそのせいである。経営の視点で見ると、これは非常に危ない。外を知らないということは、世の中から取り残されるということであり、レガシーマーケットが斜陽化する本質的な原因もここにある。

 2つめの重要なことは、既存事業を展開する会社だからこそ持つ「資産」や「顧客」といった強みだ。仮にベンチャー企業がゼロからエサシーを開発する場合、ターゲットとする業種にどんな課題があるかヒアリングするところから始めなければならない。

 うまく課題が見えたとしても、PoC(Proof of Concept/実証実験)などに協力してくれる企業を見つけなければならないし、開発やマーケティングにかかるあらゆるコストを、売り上げがない状態で捻出しなければならない。

 一方、レガシー企業は既存の事業を通じて、課題を聞かせてくれる相手もテスト導入に協力してくれる会社も目の前にいる。既存顧客との付き合いが長いほど業界特有の課題もわかるし、PoCや開発コストに既存事業の利益を充当することができる。

 これはイノベーションを起こすうえで強力な武器であり、レガシー企業が持つ正のアセット(資産)の一つだ。既存顧客とのコネクションのほかには、技術、技術者、経験値、成功と失敗の事例、業界内のコネクション、仕入れや物流のネットワーク、金融機関の信用なども正のレガシーアセットだ。

 レガシーアセットのないレガシー企業は存在しない。それがあったからこそ、何十年もの間生き残ってきたはずだからだ。自分たちが持つレガシーアセットを磨き、活用すると同時に、業界の外にある新技術やビジネスモデルを勉強する。この2つを実践することによって、斜陽化するレガシーマーケットは刷新できるのだ。

レガシー企業の成長戦略は二軸で考える

 レガシーマーケットの構造は、縦軸が「市場の成長性」、横軸が「生産性」の4象限の図で表すことができる。レガシーマーケットと、レガシー企業は、現状では成長率が低く、生産性も低い左下に点在している。

 左上(成長性高×生産性低)は、新たな技術やビジネスモデルを武器に持つベンチャー企業やスタートアップ企業が登場するエリアだ。イノベーションによって市場を作り出し、収益性を高めることによって右上を狙う。

 右下(成長性低×生産性高)は、商品やビジネスモデルは特筆するほど新しくないが、ITなどを使ってオペレーションを効率化していたり、経営の構造化などの改善を積み重ねたりして安定的に収益を得られる経営をしている。システムなどに投資できる資本がある会社や、市場をリードしている大手企業の多くはこのエリアにいる。

 右上は、市場の成長性と生産性が共に高いエリアだ。ウーバーなどディスラプターは左上のエリアで産声をあげ、右上のエリアへと移動した。自動車各社は電気自動車などを武器に右下から右上に移動しようと取り組んでいる。

 ここで、左下にいるレガシー企業が右上に移動するためには、第1ステップとして横軸を右に移動するための効率化と改善が必要だ。本書ではこれをレガシーの世界(Lの世界)と呼ぶ。第2のステップは、縦軸を上に移動するためのイノベーションを実行することだ。これをイノベーションの世界(Iの世界)と呼ぶ。

 Lの世界(横軸)で右、Iの世界(縦軸)で上に向かうことができれば、図の右上に移動できる。それが LMIの目標だ。順番としては、先に Lの世界で効率化に取り組むと、収益性が良くなり、収益性が向上すると、利益が残りやすくなる。

 そのお金を使い、Iの世界でイノベーション投資を行う。レガシーアセットを生かしたイノベーションを起こし、市場の成長性が低い状態から高い状態にするのだ。生産性向上はほぼすべての企業が取り組んでいることだが、それだけでは右上には行けない。LMIでは、Iの世界で上に行く取り組みも考える必要があるのだ。

「Iの世界」の成長戦略

 Iの世界では、まずはイノベーションが、まったく新しいものをゼロから作り出すことではないという点を押さえておきたい。イノベーションは、商品、生産方法、仕入先、売り先、組織形態、市場といったものの新たな結合(=新結合)から生まれるのだ。この原則は、100年ほど前に経済学者シュンペーターが定義したものだ。

 例えば、クレストのエサシーは、看板とカメラの組み合わせである。どちらもすでに市場にあるものだが、組み合わせにより、イノベーションを起こすプロダクトになった。やみくもに組み合わせても非効率なため、組み合わせのパターンをあらかじめ整理しておくことがポイントだ。

 Iの世界は2つの視点で整理できる。1つは、イノベーションによってどんな「価値(バリュー)」が生まれたかという視点。もう1つは、どんな「手段」によってイノベーションが生まれたかという視点だ。

 「手段」としては、AIやIoT・センサー、ブロックチェーンなどテクノロジーを活用するものと、サブスクリプション、プラットフォーム、シェアリングなどビジネスモデルのイノベーションがある。

 一方、顧客、消費者、ユーザー、社会に対してどんな新たな価値を提供できるか考えていくことも、LMIのアイデアを膨らませることにつながる。イノベーションがユーザーに与える価値は多種多様だが、大きく以下の5つに分類するとわかりやすい。

 

①コスト削減・無料利用価値
 ユーザーのコスト負担を大きく削減する。ユーザーに「革新的」と実感してもらうためには、数%程度ではなく、90%を超えるような圧倒的な削減や、有料だったものを無料化するといったインパクトが重要。

 

②体験・心理的価値
 ユーザーの体験を変えたり、新しい体験を与える。例えば、自動化やカスタマイズの提供などによって「煩わしい」「面倒くさい」といった感覚を軽減または解消するなど。また、新たな体験を通じて社会的欲求や承認欲求を満たす価値を提供する。

 

③情報獲得価値
 ユーザーにとって有益な先行情報、解析結果情報、希少情報などを提供する。ユーザーはその情報を活用し、何らかの有益な価値に転換する機会を獲得できる。

 

④意思決定・労働コスト削減
 意思決定、業務、リサーチ、労働などにかかる負担やコストを削減または解消する。

 

⑤収益獲得価値
 使用されていない資産やリソースを有効活用したり、有効活用の方法を提示することなどによって、所有者に新たなリターン(お金など)を生み出す。

 

 身の周りにある情報を敏感に収集し、社会課題の解消法を探し、テクノロジーとの組み合わせを考え、浮かんだアイデアがどんな価値を生むか考えることが LMIの道を切り開くだろう。LMIは、レガシー企業が自らの力でレガシーマーケットを変えていく道のりのことなのだ。

 

 

 

 

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