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【要約】データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則 著者 矢野和男

データの見えざる手
ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

著者
矢野和男

要約

人間の行動は自由意思に基づくものだと長く信じられてきた。しかし、身体活動というヒューマン・ビッグデータが明らかにしたのは、自然現象にみられる物理の法則や方程式は、人間の行動にも適応されるという新事実であった。
著者の矢野和男氏は、日立製作所中央研究所の主管研究長を務め、人間行動研究の第一人者として世界的に知られる人物。著者は「ビッグデータ」という言葉のなかった約10年前からウェアラブルセンサによる身体活動の研究を続け、数多くの実験によって人間、社会、組織を貫く法則性を導き出した。

扱われるテーマは、本書の内容の普遍性を示すように、時間の使い方から、個人のハピネス(幸福度)や人間関係のネットワーク、職場の生産性、科学的な「運」の掴み方まで、多岐に渡っている。科学の最先端知識がわかりやすく説明され、人間観や常識を見事に覆してくれる良書である。

要約

人間行動に法則性はあるか

腕の動きを数えるとわかる驚くべき法則
近年、人間や社会の行動に関する大量のデータが得られるようになり、人間に関する新たな科学法則が見つかる可能性が大きくなってきた。しかし、一方でそれを否定したくなる衝動にも駆られる。人は、自由な意思と思いで、どんな行動でも自由になしうるのではないだろうか。

我々はセンサ技術を使って、人間の時間の使い方に関するデータを大量に得て、この問いに一つの答えを得た。科学には物理現象を表す多くの方程式があるが、実は、これらは全て、エネルギーや電荷などが保存されるという「エネルギーの保存則」から派生するものである。

このエネルギーの概念が、あなたの今日の時間の使い方と関係がある。あなたが1日に使えるエネルギーの総量とその配分の仕方は、法則により制限され、あなたは意思のままに時間を使うことができないのだ。

最新の技術を使えば、身体運動や人との面会、位置情報など、人間行動をミリ秒単位に計測して記録できる。実験に使ったのは加速度センサ付きのリストバンド型ウェアラブルセンサで、これを用いて12人の被験者の腕の動きを、のべ9,000時間にもわたって記録した。

あらゆる人の行動には、腕の動きが伴う。例えば、歩いているときには1分間に240回程度腕が動き、PCでウェブなどを眺めているときには、1分間に50回以下に下がる。

実験の結果、計測期間を1日以上のように長くとると、1分あたり60回以上の運動をすることは1日の半分(1/2)程度だが、1分あたり120回以上の運動はその半分(1/4)、さらに1分あたり180回を超える運動をするのは、さらに半分(1/8)程度に減ることがわかった。

これを横軸が「1分あたり何回動いたか」、縦軸にその運動が計測期間の間に観測された比率をとったグラフで見ると、右肩下がりになる。この普遍的な「右肩下がり」の統計分布(U分布)は、人の行動や社会現象や経済現象を深く理解するための鍵である。

統計学では、正規分布という「釣り鐘型」の分布を前提にする場合が多いが、実社会のビッグデータに登場する統計分布は「右肩下がり」のU分布が圧倒的に多い。そして、我々が普段意識していない「繰り返しの力」が、社会を動かしている姿が見えてきたのだ。

我々は1日の活動時間約900分のなかで、約7万回の腕の動きを、各時点に配分している。もし我々の行動がランダムに決まるとしたら、腕の動きは正規分布になるはずだが、実際には、右肩下がりのU分布だ。我々は1日約7万回という制約のなかで、腕の動きを優先度に合わせて調整しているのである。

統計力学で見出された重要な原理は、大量のミクロな繰り返しがある場合には、ミクロな詳細の大部分は、マクロな現象へほぼ影響しないということだ。

同様な原理により、毎日7万回を超える動きの繰り返しを行う人間行動についても、時々刻々変化する「意識」「思い」「感情」「事情」などを考慮せずとも、科学的な予測や制御が可能になる。ミクロなエネルギーのやりとりの繰り返しが、自然現象を作るように、毎秒毎分のミクロな腕の動きの繰り返しが社会現象を創るのだ。

会話とは「動き」のキャッチボールである

「会話の質」というと、我々は会話の内容や、言葉に注目しがちであるが、実際には会話の際の身体の動きにこそ、会話の質が現れる。具体的には、相手の発言にうなずいたり、問いなおしたりすると、速い身体運動が増える。質の高い意見交換には必然的に身体運動の増加がともなうのだ。

そして会話の質は、微小な動きも見逃さない加速度センサ付きのウェアラブルセンサで計測した身体運動により評価できる。もっとも基本的な指標としては、会話の「双方向率」がある。

これは、会話する両者がともに基準値を超える速めの身体運動があるときを「双方向」と定義し、会話の全時間における「双方向」の割合を見たものだ。

会話の双方向率を高める知見はすでに見つかりつつある。例えば、会話の双方向率が重要であるという認識を組織のメンバーで共有し、理解してもらうことが挙げられる。

また、挑戦的な目標が設定されていることも重要になる。そうでなければ、双方向の議論の必然性が生まれないからだ。私は、これに気づいて、双方向率が著しく低い部下の仕事に、より挑戦的な目標を設定して関わるようにした。結果、この部下との会話の「双方向率」は、急上昇した。

根本的には、双方向率の向上自体は目的でなく、むしろ我々の仕事と人生への「挑戦性」を映す指標である。会話の双方向率を見て、関係者が挑戦的な仕事をしているかを確かめることができるのだ。そのような挑戦の度合いが、企業の収益に強く相関する。

これまでは、時間と言う資源をどのような配分でどの相手とのコミュニケーションに費やすかは、個人の経験と勘に任されてきた。しかし、継続的にコミュニケーションと業績との関係を計測し分析するシステムにより、業績に効果のあるコミュニケーションを、状況に合わせて実行することが可能となるのだ。

経済を動かす新しい見えざる手

購買行動の全容を計測するシステム

経済活動の基本である「ものを買う」という行為は、実は科学的にはよくわかっていない極めて複雑な問題だ。経済学では、購買行動は、人の内側にある価値の基準(「効用関数」)で決まるとされてきた。

しかし、身体運動をウエアラブルセンサで測定する研究を進めるうちに、これらのアプローチに違和感を持ちはじめた。これまで自然現象は、原子と、まわりの原子集団とが相互作用する複合システムとして理解されてきた。

人間行動を内なる「動機」や「効用関数」や「脳活動」ではなく、自然現象を解明するアプローチを適用するとすれば、人の行動は、「人」と「コンテキスト(文脈)」(まわりの人や物といった環境)との相互作用から生まれるということになる。

そこで、あるホームセンタの協力を得て、店舗における顧客や従業員の動きを計測しデータ収集を行った。名札型のウェアラブルセンサにより、顧客がどこに、どれだけの時間滞在し、どの店員といつどこで会話し、どんなパターンのやりとりが発生したかがという複合系の経済現象が丸ごと計測可能となった。

データは大量かつ多様で、人間がその全貌を見るのはとうてい不可能なため、大量データに潜む業績向上要因を発見するための、新たに開発したビッグデータ専用の人工知能ソフトウェア(以下Hと略記)も使用した。

計測と分析の結果、Hは顧客単価に影響がある意外な業績要因を提示した。それは、店内のある特定の場所(高感度スポット)に従業員がいることであった。一方、人間の専門家の実施した対策は、店舗の売上にも、顧客の行動にもほとんど影響を与えていなかった。

おもしろいのは、高感度スポットに従業員が滞在することと顧客単価の上昇を結びつける機序が自明ではなく、うまく言葉で説明できないということだ。

このように、直観的に理由が説明できないような売上向上要素を、予め人間が仮説として立てることはできない。人間には決して立てられない仮説を立てる能力が、Hにはあったのだ。

自ら学習するマシンが威力を発揮する時代
これまでの情報処理は、主に「演繹」を行ってきた。これは人間が、コンピュータプログラムの作成を通じて一般的・普遍的な前提を記述し、それからデータという「個別的・特殊的な結論」を得るものだ。

しかし今、ビッグデータの活用に求められているのは、むしろ「帰納」的な能力であり、いわば「入力したデータからそのもととなるモデルを逆生成する」ことである。従来、データの分析(アナリティクス)は、演繹の得意なコンピュータを使って分析者が適切な「仮説」を設定して行ってきた。

だが、今回の店舗の実態のようにデータがありすぎると、どんな法則性が含まれているかは人間には想像できず、仮説などつくりようがない。それでも無理に仮説をつくろうとすると、関係者が簡単に想定できることやすでに知られていることになってしまう。

しかも膨大な労力がかかる。一見、最先端の職業と思われている「データサイエンティスト」は、実は大事なところが工業化されていないのだ。自ら学習するマシンである人工知能Hは、この「アナリティクス」を不要にすることができる。

この「学習するマシン」は幅広い問題に適用できるだろう。たとえば、都市の経済振興や交通渋滞の緩和をアウトカムとして、都市全体のさまざまな挙動データを幅広く収集する。これを入力すれば、仮想的な都市モデルをコンピュータ上に構築して、限られた予算や資源で都市を成長・発展させる方法を、データにもとづき見出すことができる。

学習するコンピュータの登場により、人間がやるべきこととやるべきでないことが大きく変わる。マシンに適切な問題を与えることで、人間の問題解決能力は飛躍的に向上するのである。これを活かすことのできる人あるいは組織と、そうでない人・組織との違いは大きくなっていくだろう。

資本主義の黎明期、アダム・スミスは、自由な経済の特徴を「見えざる手」という言葉で表現した。これは、個人が自分の経済的利益を追求することで、富が社会に自律的に分配され、社会全体が豊かになるという考え方だ。

同様に、大量のデータを活用して自己の利益を追求するとき、古典的な「見えざる手」を超える、新たな「データの見えざる手」の導きが生まれる。これまで対立するものと考えられがちだった「経済性の追求」と「人間らしい充実感の追求」が、データとコンピュータで結びつくのだ。

 

 

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