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【要約】確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力 著者 森岡毅 今西聖貴

確率思考の戦略論
USJでも実証された数学マーケティングの力

確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力 (角川書店単行本)

著者
森岡
今西聖貴


要約
 

ビジネス書の要約メディア「BOOK-SMART」

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンUSJ)のV字回復は凄まじい。直近5年間で毎年100万人ずつ集客を増やし、ハリー・ポッターがオープンした2014年度(1,270万人)、2015年度(1,390万人)と過去最高を連続して更新。本書ではその立役者となったマーケターとアナリストが、その戦略の理論的裏付けである「確率思考」を解説する。

 著者の一人、USJCMOを務める森岡毅氏は、ビジネス戦略の成否は「確率」で決まっており、その確率はある程度操作することができると説く。それは、数式で導き出されるビジネス・ドライバーを見極め、そこへ経営資源を集中することで「確率」を有利に操作するという戦い方だ。そうすることで、勝てる戦いを選ぶことができるのだ。

 本書ではその真髄であり、市場構造やブランドが選ばれる「本質」である消費者の「プレファレンス(ブランドに対する好意度)」を解き明かし、実際にどうUSJの施策に落とし込んだかを再現。さらに、中長期での戦略の組み立て方まで余さず解説する。それは、数学的裏付けがあるがゆえに、どの業界でも通用する強力な武器となるはずだ。

 著者二人とも世界最高峰の消費財マーケティング力を誇るP&Gと、USJでの豊富な実戦経験を積んでおり、マーケティングと戦略を「科学」した骨太な内容となっている。本格的な数式の解説もあるが、結論だけ理解すれば読み飛ばすことも可能だ。マーケター、戦略家にとってはまさに必読の一冊といえるだろう。

要約ダイジェスト

市場構造の本質
 私がビジネスをする上で常に心がけていることは、「目に見えていることに惑わされずに本質を洞察すること」だ。ビジネスにおいては、「市場構造」の本質さえわかれば、その市場で勝つための戦略をどこに集中すべきか、そしてそれはなぜなのかが明瞭に見える。

 世の中には1企業ではコントロールできないことが溢れており、それらに経営資源を投じて消耗しないため、そして「地雷」を避けて企業戦略を構築するために、市場構造の理解は不可欠なのだ。市場構造とは、ある商品カテゴリーにおける、消費者、小売業者、製造業者など、全てのプレイヤーの意思と利害と行動が積み上がった全体としての業界の仕組みのことだ。

 そして、それら市場構造を決定づけている「本質」は、消費者のプレファレンス(Preference:消費者のブランドに対する相対的な好意度)である。それが市場構造を支配するのは、小売業者も、製造業者も、最強の存在である最終購買者(消費者)に従わざるを得ないからだ。

 市場の大きさは「延べ購入回数 × 1購入当たりの平均購入個数 × 平均単価」で計算できるが、競合と奪い合っているのは、述べ購入回数におけるシェアである。その購入意思決定は、そのカテゴリーにおけるプレファレンスによって決まるから、我々が奪い合っているのは消費者のプレファレンスそのものなのだ。

 プレファレンスを上げることはシェアを上げることに等しく、結果として売上以上に、会社のパフォーマンスも上がる。それは、利益率や認知率などの様々な経営効率が相乗的に上がっていくからであり、だからこそ、どの企業も消費者視点を最重視して、プレファレンスの向上に経営資源を集中しなければならない。

戦略の本質
戦略の焦点は3つしかない
 ビジネス戦略の本質は、実はかなりシンプルだ。ビジネスの売上は、自社ブランドに対する消費者のプレファレンスによって最大ポテンシャルが定まり、それが「認知(Awareness)」と「配荷(Distribution)」によって制限されて、現実のビジネスの結果が決まる。

 つまり、経営資源の配分先は結局のところプレファレンス、認知、配荷の3つに集約され、最初からその3つのビジネスドライバーに絞って探していくことで、確率の高い戦略に速く辿り着けるのだ。

 もし自社ブランドの「認知率」が、競合などに比べて伸び代があるのであればラッキーであり、「勝てる戦」の可能性が高い。問題は、それらの認知を上げる戦略にどれだけの経営資源をかけられるのか、あるいはかけるべきなのかという判断だ。

 また、「配荷率」(市場の何%の消費者がその商品を買おうと思えば物理的に買える状態か)に伸び代がある場合も、配荷率をあげれば、ほぼ確実に売上を伸ばせる。だが、配荷率は、限りある店舗の棚を多くの競合と奪い合う熾烈な戦いであり、大きなエネルギーが必要になる。

プレファレンスの伸び代を探す
 戦略の3つの焦点の中でも、プレファレンスはそのブランドの最大ポテンシャルを決定するため最重要だ。「消費者のプレファレンス」は、負の二項分布の式(NBDモデル)で計算できるが、この式から、自社ブランドが選ばれる確率(P)は、「M」と「K」によって決まっていることがわかる。

「M」とは数学的には、自社ブランドを全ての消費者が選択した述べ回数を消費者の頭数で割ったものだ。AKBの総選挙を例にすれば、推しメンへの総投票数を総人口(投票しなかった人も含めて)で割ったものが「M」であり、選ばれる確率そのものである。

「K」は消費者の購入確率がどのような分布になるかを決める指標だが、プレファレンスによって決まってしまうので、直接コントロールできない。よって戦略の焦点は「M」、すなわちプレファレンスを伸ばすことであり、戦略の本質とは、市場全体の中で自社ブランドへの一人当たりの投票数をどう増やすかを考えることに他ならない。

 プレファレンスを伸ばす戦略には、主に2つある。1つはプレファレンスの「水平拡大」(ファンの数を増やして拡大する)。もう1つはプレファレンスの「垂直拡大」(既存のファン1人あたりにもっと多くの投票を増やしてもらう)だ。

 私の経験上では、プレファレンスの垂直拡大よりも、水平拡大のほうが成功する場合が多い。なぜなら、既存のユーザーを深掘りするよりも、その外を耕す方がマーケットがずっと大きい場合が多いからだ。

 注意すべきは、新規顧客を獲得しようとして増強したプレファレンスが、既存顧客のプレファレンスを毀損しないようにすることだ。あくまでも自社ブランドのプレファレンスの総和としての「M」を増やす選択を取り続けることが重要なのだ。

USJブランドのプレファレンスを伸ばすには?
 プレファレンスを決定しているのは主に、ブランド・エクイティー(ブランドの資産的価値)、製品パフォーマンス、そして価格の3つだが、製品パフォーマンスも価格も、ゆくゆくは消費者の頭の中でブランド・エクイティーヘと咀嚼され定着していく。つまり長い眼で見た場合、プレファレンスを決定する究極の要素はブランド・エクイティーであるとも言える。

 ブランド・エクイティーは競合との相対で決まるから、消費者にとって購買意志決定を左右する重要な判断軸が何か、そのエクイティーを所有しているのが誰か、などを測定して、消費者の頭の中における競合も含めた「ポジショニング」を知ることから始めなくてはならない。

 そこでよくやるのは「差別化」で、ここに情熱を傾けるマーケターは多い。だが、現実には「M」が増えるとは限らないのに、意味のない差別化を行っているケースもよく見られる。かつてUSJの「映画だけのテーマパーク」もまさにそうだ。

 USJに着任して、市場全体でのプレファレンスを上げる視点に立つと、既存のファン層(映画が大好きな人達)に更にUSJを好きになってもらう(プレファレンスの垂直拡大)よりも、明らかに効率が良いファンの増やし方(プレファレンスの水平拡大)がいくらでも思いつけた。

 そこでまず、ブランド戦略を「映画だけのテーマパーク」から「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」に大転換し、アニメやマンガやゲームなど様々なジャンルから優れた集客力を発揮するコンテンツをパークに集めたのである。

 当然、「映画だけのテーマパーク」が好きな既存のファン層を毀損するリスクは分析した上での結論だ。彼らは「映画だけのテーマパークだから」ではなく、「自分の好きなコンテンツがあるから」USJに来ているのであり、映画かどうかはプレファレンスに関係がなかったのだ。

戦略はゴールから考える
 迷路はゴールから解いた方が速く解ける。そうしないと、無駄な道に迷い込んで時間と労力を消耗するだけでなく、正しい戦略に辿りつかなくなる恐れも大きい。だから、戦略はまず目的を設定した後に、目的達成時と現在のギャップを定量化しながら徹底的に想像する。

 そうやってシナリオ(戦略)を導き出すときは、必ず同じ目的を、ベストシナリオ(プランA)とは違う道筋で達成する戦略(プランB)を考えてみる。その過程で、プランAを相対化することができ、想定の脆弱さや盲点に事前に気がつくことができるのだ。

 USJハリー・ポッターのテーマエリアを、総額450億円をかけて建設することを目指したのは、当時の経営規模から考えると暴挙だった。私にはそれなりに勝算があったが、最大の問題は、建設費用をどうやって賄い、キャッシュフローを繋いでいくかだった。

 そこで、「M」を毎年どれだけの数増やすか?「M」獲得の消費者セグメントがどれだけ存在しているか?現実的な方法はどのようなものがあるか?といった分析を繰り返し、いけると思えるオプションの順番を見つけた。大きな「M」の伸び代は次の4つだ。

(1)ファミリー層からの「M」の獲得:
 パークの弱点だった小さな子供連れ家族のプレファレンスを獲得することが最大のドライバーだったため、新ファミリーエリア「ユニバーサル・ワンダーランド」を全てに最優先した。新エリアは大当たりしてUSJの「M」は毎年2割も増え、最大の稼ぎ頭となった。

(2)ハロウィーン・シーズンからの「M」の獲得:
 数学モデルを使って、既に最大の集客月だった10月に、最大の伸び代を発見。ゾンビでパークを埋め尽くすハロウィーン・ホラー・ナイトを実施し、集客は以前に比べて倍増した。

(3)個別ブランド・ファンからの「M」の獲得:
 アニメのワンピースをはじめ、ゲームやマンガなどの強いブランドのファンを獲得するだけで、多くの「M」を積み上げられる。これは既存のファン層と重なりが少ないほど都合がよい。

(4)スリル・シーカーからの「M」の獲得:
 回帰分析(ある変数Yに対して、独立した変数であるAやBが、どの程度Yの変動に影響を与えるのかを分析する手法)によって、スリルが大好きな人々にまだ伸び代があることがわかり、既存のコースターを後ろ向きに走らせた「バックドロップ」などを導入した。

 それらのアイデアを2011年、2012年、2013年と並べて階段をつくり、新しく獲得する「M」がもたらすキャッシュを2014年のハリー・ポッターの原資に注ぐ戦略を考えた。その先には一気に会社としての量的成長を可能とする戦略の構想を固めた。

 すなわち、ファミリー層の獲得までを第1段階、ハリー・ポッターによる関西依存体質からの脱却までを第2段階、その後の大型投資による量的成長を第 3段階とした大戦略「3段ロケット構想」として、2010年からUSJは社運を賭けた大冒険に踏み出したのである。

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