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【要約】AI vs. 教科書が読めない子どもたち 著者 新井紀子

AI vs. 教科書が読めない子どもたち
 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

著者
新井紀子


要約
 

東京大学合格を目標にしたAI(人工知能)「東ロボくん」開発プロジェクトをご存じの方は多いだろう。数学者で同プロジェクトを主導した著者が、同時期に日本の中高生の読解力を診断するテストを実施したところ、驚愕の実態が明らかになった。彼らの多くは、詰め込み教育によって英単語や年表、計算などの表層的知識はあっても「読解力」がない、すなわち中学校の教科書レベルの文章を正確に理解できていなかったのだ。

 本書では、東ロボくん開発における試行錯誤、人工知能をめぐる従来の議論や最先端のAI研究事例を整理しつつ、AIができること、できないことを明らかにする。同プロジェクトからの成果の一つは、AIにとって、意味の理解を伴う読解はハードルが高いことがわかったことだ。だがそれは、AIが得意な知識検索や計算能力しかなく、読解力のない労働者は失業するしかないことも意味する。

 AIの登場によって世界で起ころうとしている労働市場の変化とはどういうものか、人間がAIに負けないために必要な能力やスキルは何か、それを身につけるために子どもたちや若い世代にどのような教育が必要となるのか——、AIの先行きに不安を感じるビジネスパーソンにとって、本書はAI社会の現実を知るための格好の入門書となるだろう。

要約

人間の仕事の多くが大学合格レベルのAIに代替される

AIや AIを搭載したロボットが人間の仕事をすべて肩代わりするという未来はやって来ない。それは、数学者なら誰にでもわかるはずのことだ。AIがコンピューター上で実現されるソフトウェアである限り、人間の知的活動のすべてが数式で表現できなければ、AIが人間に取って代わることはない。だが今の数学にはその能力はない。それはコンピューターの速さやアルゴリズムの問題ではなく、数学の限界なのだ。

 また昨今、AIに関して一番関心を集めている言葉はシンギュラリティ(singularity)だろう。技術的特異点と訳されるこの言葉は、AIが人間の力を借りずに自身よりも能力の高いAIを作り出すようになる地点を指す。その理由は後述するが、私は数学者として、「シンギュラリティは来ない」と断言できる。

 ただし、人間の仕事の多くがAIに代替される社会はすぐそこに迫っている。私は2011年に「ロボットは東大に入れるか」というAIプロジェクト(東ロボくん)を始めた。目的は東大に合格するロボットを作ることでなく、AIに何ができるようになり、何ができないのかを解明することだった。そうすれば、AI時代が到来した後、失業しないために人間はどんな能力を持たなければならないかが明らかになる。

 7年が経過し、「東ロボくん」の偏差値は57.1まで上昇し、MARCHや関関同立などの有名私大の合格圏に入った。さらなる開発の結果、東ロボくんは、数学では東大模試(理系)で6問中4問に完答し、偏差値76.2という驚異的な成績を収めた。しかし手放しで喜ぶことはできない。これは、AIが人々の仕事を奪うという予想が現実のものになることを意味するからだ。

 オックスフォード大学の研究チームがAI化によって「10~20年後になくなる仕事」を予測した。注目すべきは、ホワイトカラーと呼ばれる事務系の仕事が多いことだ。不動産登記の審査・調査、コンピューターを使ったデータの収集・加工・分析、税務申告代行者、図書館司書の補助員、データの入力作業員、保険金請求・保険契約代行者、証券会社の一般事務員、受注係、融資担当者などがそれに当たる。

AIに欠けているのは常識や意味を理解する能力
  猛勉強を続けてきた東ロボくんだったが、実は東大を合格できる見通しはまだ立っていない。東ロボくんの世界史の解き方は基本的には情報検索で、数学の問題文も数学特有の語彙から成る文章であれば、論理的な自然言語処理と数式処理の組み合わせで点数が取れる。だが、その2つの方法で克服できない科目が英語と国語だ。

 行く手を阻んだのは「常識の壁」だった。私たちの日常は予想できないことで満ちており、さまざまな場面で、常識や柔軟性を働かせて問題を解決しなければならない。私たちにとって「中学生が身につけている程度の常識」であっても、それは莫大な量の常識であり、プロジェクトの英語チームが東ロボくんに学習させた英文は最終的には150億に上ったが、目標は達成できなかった。

 さらに、AIは意味を理解しない。「意味を理解しているようなふり」をしているにすぎないのだ。現在の情報検索や自然言語処理は、基本的に統計と確率の手法でAIに言語を学習させる。つまり、文章の意味はわからなくても、単語とその組み合わせから統計的に推測して、正しそうな回答を導き出そうとしているのだ。だがその精度が100%になることはない。確率と統計には、そもそもそんな機能がないからだ。

 数学は、人間の認識や事象を説明する論理・確率・統計という3つの手段を獲得したが、そこに決定的に欠けているのが、意味を記述する方法だ。人間なら簡単に理解できる、「私はあなたが好きだ」と「私はカレーライスが好きだ」との本質的な意味の違いも、数学で表現するには非常に高いハードルがある。東ロボくんが東大合格圏内に近づけない理由もそこにある。

 脳科学が明らかにしたように、人間の脳のシステムはある種の電気回路である。電気回路であるということは0と1だけの世界に還元できることを意味し、基本的な原理は計算機と同じかもしれない。しかし脳はどのような方法で、私たちが認識していることを「0、1」に還元しているのだろうか。

 それを解明して数式に翻訳できない限り、先述の通りシンギュラリティは到来しないのだ。これは、人間の出番がまだまだあることを意味するから、めでたいことだと言える。残る問題は、計算機にすぎないAIに代替されない能力を持つ人間が、今の社会の何割を占めているか、ということだ。

中高校生の大半が教科書を読めない事実

 ここでもう一度、オックスフォード大学の研究チームの予測を見てみよう。「10~20年後にも残る職業トップ25」の上位には、レクレーション療法士、整備・設備・修理の第一線監督者、危機管理責任者、メンタルヘルス・薬物関連ソーシャルワーカー作業療法士などがある。共通点を探すと、コミュニケーション能力や理解力を求められる仕事、介護のような柔軟な判断力が求められる労働が多い。

 では、現代社会に生きる私たちの多くは、AIには肩代わりできない種類の仕事ができるだけの読解力や常識、柔軟性や発想力を十分に備えているだろうか。常識は大半の人が持ち合わせているとすれば、問題は読解力を基盤とするコミュニケーション能力や理解力だ。

 結論を先に言うと、日本の学生の読解力は危機的な状況にある。東ロボくんと同じ年に「大学生数学基本調査」を行ったが、そこで目にしたのは大学初年度の教科書レベルのテストでの数多くの「深刻な誤答」だった。問題文を理解していないのではないかと疑問を持った私は、全国2万5,000人の中高校生の基礎的読解力を調査するためのリーディングスキルテスト(RST)を開発した。

 これは、自然言語処理の研究が進んでいる「係り受け」(主語・述語、修飾語・被修飾語の関係)、「照応」(「これ」「あれ」など指示代名詞が何を指すか)、それ以外に、意味や常識を理解しないAIには難しい「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」という課題を設定し、能力を判定するものだ。

 結果は、3人に1人が簡単な文章を読めないという衝撃的なものだった。「係り受け」問題は、中学生の3人に1人以上が、進学校に通う高校生の10人に3人近くが正解できなかった。語彙が不足しているため、文中の知らない単語を読み飛ばす習性があるためだと分析できた。

 調査で使った問題はすべて選択式なので、サイコロを振って答えても正答率は4択で25%、3択で33%になる。受験した学校や機関の中で「ランダム並よりもましとは言えない受験者」は中学3年生の「推論」で4割、「同義文判定」で7割を超える。つまり教室にいる学生の半分がサイコロ並ということだ。私たちは、中学生の半数は教科書が読めていないと判断した。

 では、どうすれば「基礎読解力」が身に付くのか。アンケート調査では、読書習慣、学習習慣(塾、家庭教師、習い事)、得意科目と能力値には何の相関もなく、読解力を上げる因子は発見されなかった。ただし、アンケートの文そのものを正確に読めなかった可能性はあり、私は個人的な体験から読解力はいくつになっても向上するという仮説を持っている。

 気になったのは、貧困が読解能力値にマイナスの影響を与えていたことだ。これからも日本が低い失業率を維持するには、最低限、労働者が作業マニュアルや安全マニュアルを読んで理解する必要がある。教育の喫緊の最重要課題は、中学校卒業までに、中学校の教科書を読めるようにすることだ。世の中に情報は溢れており、読解能力と意欲さえあれば、いつでもどんなことでも大抵自分で勉強できるからだ。

AI恐慌を回避するには読解力と柔軟な問題解決能力が必要

 人間にしかできないことを考え、実行に移すことが、AI時代に私たちが生き延びるための唯一の道だ。今後、AI導入過程で単純な労働は賃金が安い国に移動してしまうため、高度で知的な労働ができない、つまり読解力のない人は仕事を失うしかない。

 私の未来予想図はこういうものだ。企業は人不足で頭を抱えているのに、社会には失業者が溢れている——。新しい産業が興っても、AIにはできない仕事ができる担い手が不足するため、その産業は経済成長のエンジンにはならない。一方、AI導入で仕事を失った人は、誰にでもできる低賃金の仕事に再就職するか、失業するかの二者択一を迫られる。その後にやってくるのは、「AI恐慌」とでも呼ぶべき世界恐慌だ。

 それを回避するストーリーは「奪われた職以上の職を、生み出す」以外にはない。ピーター・ティールが『ゼロ・トゥ・ワン』で指摘しているとおり、競合者がいないブルーオーシャンで、需要が供給を上回るような仕事を生み出せば、その危機は確実に回避できる。

 たとえば、汚部屋整理コンサルタント、遺品整理、高学歴高収入女性専門の婚活支援など20世紀には聞いたことのない商売は、個別具体的な問題解決が求められるからAIにもロボットに代替できないだろう。

 重要なのは、人間らしく柔軟に発想すること、AIが得意な暗記や計算に逃げずに、意味を考えることだ。つまり、人々が生活の中で「困っていること」を探すということだ。どうやったらその「困ったこと」を解決できるかを考えるとき、デジタルとAIが味方になる。小さくても需要が供給を上回るそのようなビジネスが増えていけば、日本も世界もAI恐慌を迎えることはなく、生き残ることができる。

 

 



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