Humblebragとは?
英語です。動詞でもあり、名詞でもあります。
”humble(謙遜)” + “brag(自慢)” →「謙虚を装った自慢」という意味だそうです。
例文:
He is like the original humblebrag. (彼は自虐風自慢のオリジナルみたいな奴だ。)
He's humblebrag all the time. (彼はしょっちゅう自虐風自慢をしている。)
日本語に訳すとするなら自逆風自慢かな。
自分なんてさー全然ダメなんだよねー(自慢)
みたいなミュアンスです。地獄のミサワをイメージしてもらうとわかりやすいです。
俺全然寝てないわーとか、
試験の時に「俺全然勉強してないわー。ノー勉だわー。でも、100点取っちゃったわー」みたいな感じ。
日本の謙遜と似ているようで似ていないかな?
いえいえ、私なんてとはちょっとニュアンスが違いますね。
よく女子高生や女子大生が使う
「いや私ほんとブスだからさぁー!」と言って
「いやそんなことないよ!」
「可愛いよ!」
と言われたい女子みたいな感じですかね。
他人に言わせろ!
ウィングマンに言わせろ。
自分で言うと信ぴょう性が疑われるんですね。
だから、ウィングマン(他人)に言わせることで信ぴょう性を持たせたり、自慢に聞こえなくさせるという戦術もあるそうです。
企業のPRでよく使われる手法ですね。
心理学では本人が直接言うより、第三者を通して伝えたほうが説得効果が高くなると知られている。
これは第三者には説得がうまくいったとしてもメリットがない、つまり下心がないため、その発言は信頼できるということだ。
相手はこのように考える。だから第三者にはまったくの他人や利害関係のない人物を選ぶのがポイントになる。
日本のネットにあふれるファッション無能
ネットにはファッション無能が溢れています。
私は無能だから…(高スペック)
いや、私ブスだからw(可愛い)
俺、Fランだからw(March)
みたいなね。自逆風自慢と言うのかもしれない。
これは、面白い現象だ。
自分の褒めてほしいところをわざと悪く言う。そうすることで、注意を寄せる。
人間のコンプレックス
逆に人間は自分が最も言われたくない言葉を悪口、誹謗中傷に使うことが多い。
常に、何かしらのコンプレックスについて人間は気にしているものであるので、ふと衝動的になった時にそういった言葉が出やすい。
人間には複雑な感情があるんですよね。
例えば、特定の職業を見下したり、誹謗中傷を言う人がいるが、それは嫉妬なのかもしれないし、本当に嫌いなのかもしれない。
例えば、漫画家やミュージシャン。彼らの多くは悲惨な末路を確かに歩む可能性が高いのだが、我々一般人からしたらどうでもいい話であり、彼らの末路など気にならない。
しかし、漫画家やミュージシャンに憧れていたが、成れなかった者たちは彼らをみじめな存在に仕立て上げようとする。
酸っぱい葡萄ってやつですね。
酸っぱい葡萄
あらすじ
お腹を空かせた狐は、たわわに実ったおいしそうな葡萄を見つけた。
食べようとして懸命に跳び上がるが、実はどれも葡萄の木の高い所にあって届かない。
何度跳んでも届くことは無く、狐は、怒りと悔しさから「どうせこんな葡萄は酸っぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか」と負け惜しみの言葉を吐き捨てるように残して去っていった。
解説
自分のものにしたくてたまらないにもかかわらず、努力しても到底かなわない対象である場合、人はその対象を「価値の無いもの」「低級で自分にふさわしくないもの」と見なそうとし、それをあきらめの理由として納得し、心の平安を得ようとするものである。
フロイトの心理学では、これを防衛機制および合理化の例とする。また、社会心理学においては、認知的不協和の例とされる。 英語には、この寓話を元に生まれた熟語として "sour grapes" があるが、これは「負け惜しみ」を意味する。
見栄を張る
見栄を張る。ある意味、Humblebragとは真逆かもしれないが、本質的には同じである。
手段としては真逆のアプローチになるが、目的は同じだからだ。なぜならば、両者ともに自慢したいという欲求の表れであり、自慢することが目的であるからである。
しかし、その手段、アプローチの仕方が違う。そもそも、自逆風自慢は既に持っているものをわざと低くすることで、ツッコミ待ちの状況を作る。
見栄を張るのはそもそも持っているものがないので、嘘で塗り固めることになる。強者か弱者で自慢の仕方が違う。
当たり前の話だが、改まって考えてみると面白い。
例外なく、どんな人間にも根底には常に承認欲求があるということだろう。
人間の欲望を理解し、操作することができれば、人生に大きなメリットをもたらす。
常に人間は承認される、称賛されることに飢えていると思っておこう。